2013年4月19日金曜日

「浚渫用グラブバケット事件」の紹介-特許性判断における引用例の特許図面の解釈についてのまとめ-


1.はじめに

無効審判などの特許の有効性を争う場面において、審判請求人が、引用例の特許図面に記載されている技術的事項(寸法、割合、角度等)に基づいて、特許性を否定する主張を行うことがある。

しかしながら、従来の審決例、或いは裁判例では、「特許図面は模式図であり、設計図面のような正確な寸法、割合、角度で描かれているとは限らない。したがって、引用例の特許図面には技術的事項は記載されていない。」とする判断が確立していた。

これに対して、今年1月(20131月)に、引用例に係る発明の内容(請求項および明細書に記載の発明の内容)を勘案して、引用例の特許図面における技術的事項の記載を認める判決が知財高裁に下されたため、これを紹介する。

2.特許図面の技術的事項の記載を否定する裁判例
2.1 引張装置事件
(東京高裁平成8年(行ケ)第42号 審決取消請求事件)


本件発明


引用例
本裁判例では、鉄道車両における衝撃を緩和するための引張装置に関する発明についての進歩性が争われた。そこで、裁判所は以下のように判断した。

引用例の図面に描かれているくさびシューがたまたま約50度ないし約55度のテーパ角度を示していることを捉えて、引用例には引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度ないし約55度に構成する技術的思想が開示されているということはできない。

「引用例には、くさびシューのテーパ角度の数値を限定することについての技術的意義も、実施例を示す図面に記載された上記角度についても、全く記載されていないことが認められる。」

「以上のような引用例の記載によれば、引用例記載の発明の目的が、専ら本願発明の要旨にいう「圧縮可能な緩衝要素の改良にあり、くさびシューを含む「摩擦緩衝部材」の改良でないことは明らかである。したがって、引用例記載の発明の実施例として描かれている別紙図面BのFIG.1FIG.3あるいはFIG.11のくさびシューのテーパ角度が、問題意識をもって正確に記載されていると考えることはできない。そもそも、特許願書添付の図面は、当該発明の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであるから、設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。

「もっとも、引用例に開示された技術的事項は、本出願当時の技術水準を背景として当業者において認識し理解するところに基づいて判断されるべきものであるから、本出願当時、引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度にすることが当業者に広く知られた技術的事項であれば、引用例にその角度について格別の記載や示唆が存しなくとも、当業者はその図面から引用例記載の発明においてもその角度を約50度に設定していると認識するといえるが、本出願当時の技術水準を上記のように認定することのできる証拠は存しないから、この点から引用例にはその角度を本願発明と同一の角度としたものが開示されているということはできない。」

2.2 ゴルフクラブ用ヘッド事件
(知財高裁平成18年(行ケ)第10342号 審決取消請求事件)

本裁判例では、ゴルフクラブ用のヘッドに関する発明についての進歩性が争われた。そこで、裁判所は以下のように判断した。


本件発明の第1図


本件発明の第2図


引用例
 

1(引用例)の図面に描かれたゴルフクラブの上記凹部に係る表示上の曲率が、当該表示上のゴルフクラブに対応するゴルフボールの外径曲率として想定される範囲の曲率より大きいとしても、そのことのみから、甲1考案の上記凹部の曲率が、使用するゴルフボールの外径曲率より大曲率であると即断し得るものではない。

「甲1は、特許公告公報であり、甲1図面は、当該公告に係る特許出願の願書に添付された図面であるところ、一般に、特許出願や実用新案登録出願の願書に添付される図面は、明細書を補完し、特許(実用新案登録)を受けようとする発明(考案)に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にとどまるものであって、設計図と異なり、当該図面に表示された寸法や角度、曲率などは、必ずしも正確でなくても足り、もとより、当該部分の寸法や角度、曲率などがこれによって特定されるものではないというべきである。

「特許(実用新案)公報等の記載から、そのようにいうことができるとするためには、本件考案がそうであるように、明細書(特許請求の範囲又は実用新案登録請求の範囲を含む。)に、当該凹部の曲率がゴルフボールの外径曲率よりも大曲率である旨が記載されているか、又は、少なくとも、明細書に記載された発明(考案)の課題、目的又は作用効果(例えば、「フェース部とホーゼル部との境界線にゴルフボールが直接当接することを防止すること」)等から、そのような構成を採用していると理解されるものであることを要するというべきである。」


3.特許図面の技術的事項の記載を肯定した裁判例(浚渫用グラブバケット事件)
3.1 事案の概要
本件は、被告の特許第3884028号「平底幅広浚渫用グラブバケット」について、原告が行った無効審判請求を棄却する審決の取消を求めた事案である。

本事案では、引用例3~5の図面には、本件特許発明の「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離が60以上」という、「寸法」、或いは「割合」に関する技術的事項(構成1)が開示されているか否かが争われた。

無効審判では、特許庁は、上述の裁判例と同様の「特許図面は設計図面のような正確な寸法、割合、角度で描かれているとは限らない。」という解釈を採用し、「請求人が提出した引用例3ないし5の各図面には本件構成1が開示されているかのように見受けられるが、特許出願の際に願書に添付される図面は設計図ではなく、説明図にとどまり、これにより各部分の寸法や角度等が特定されるものではない。」とし、引用例3ないし5には本件構成1の技術的事項は記載されていないとして、審判請求人の請求を棄却し、特許権を維持する審決を下した。

これに対して、知財高裁は、引用例3の実用新案登録請求の範囲の記載を参酌して、引用例3の図面に記載されている技術的事項を解釈し、当該引用例3の図面には本件構成1に関する構成が開示されているとして、審決を取り消す判決を下した。

本件発明の内容(特許第3884028号)
シェル1を軸支するタイロッド4・4の軸心間の距離(A´)を100とした場合、シェル1の幅内寸の距離(B´)を60以上とすることにより(本件構成1)、掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げて作業能率を高めることができる。

本件発明の図1

本件発明の図2


引用例3の内容



実用新案登録請求の範囲

請求項1:シェルの口幅を開幅よりも大きく形成したことを特徴とするグラブバケット
考案の詳細な説明の記載

【0001】
本考案はグラブバケットに関し、特には砂利、砂の荷揚げや荷降ろし等を行うグラブバケットにおいて、開幅よりも口幅を広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めたものである。
【0012】
シェル1の口幅方向の長さLは、開幅方向の長さWと同等又はそれ以上の長さを有して寸法的には従来のものに比べて著しく口幅が大きいのが特徴である。したがって、開幅に対して口幅が大きいから、安定性が高く、作業中に転倒することもなく、しかも掴み量が大きい。
引用例3の図2

引用例3の図3





引用例3の図7


裁判所の判断

「(引用例3について)() 図2及び7
図2は、本考案に係るグラブバケットがシェルを開いた状態を示す斜視図であって、シェルの開幅Wに対して口幅Lが大きい状態が図示されている。また、図7は、従来のグラブバケットがシェルを開いた状態を示す正面図であって、シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されている。

引用例3における本件構成1及び2の開示について
() 前記(2)()によると、従来のグラブバケットにおいて、シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されており、引用例3に記載された発明においても同様の構成を有しているものといえる。
そして、引用例3の図2及び7からすると、シェルは、軸を回動軸として回転し、グラブバケットが砂利や砂を取り込むのであるから、グラブバケットの開口の幅(開幅)は、シェルとアームが回動可能に連結される2つの軸間の距離(以下「軸間の距離」という。)よりも広いということができる。
開幅が軸間の距離よりも狭い状態としては、シェルの動作時において、シェルが砂利や砂などの取り込む対象に対して閉じた状態から僅かしか開いていない状態か、グラブバケットの構造自体において、シェル同士を連結する軸とシェルの先端である口金までの距離が極端に短い構成を有する状態のいずれかであるか、あるいはその双方が想定されるところ、前者の状態の場合、シェル内に取り込むことのできる対象物がシェルの容積に対して少なくなるから、シェルの動作時における一過性の状態としてはともかくとして、このような構成を採用することは通常想定し難いものである。また、後者の状態の場合、シェルの容量自体が少なくなるから、やはり、このような構成を採用することは通常想定し難いものである。
したがって、引用例3には、グラブバケットの開口の幅(開幅)が、軸間の距離よりも広い構成が開示されているということができる。
() 引用例3に記載された発明において、アームが回動可能に連結された2つの軸間の距離は、本件構成1の「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」に相当するところ、前記(2)エのとおり、引用例3に記載された発明は、シェルの口幅Lを開幅Wよりも大きく形成したものであるから、引用例3には、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離より、シェルの口幅方向の長さを長くした構成が開示されているものということができる。もっとも、幅内寸は、シェルの板厚分程度、長さLよりも短くなるが、引用例3は、砂利や砂などを対象としたグラブバケットに係る文献であることからすると、板厚はシェルが変形しない程度の強度を保持していれば薄い方が優れているということができるから、少なくともシェルの幅内寸はシェルの口幅方向の長さの60%以上に相当するものということができる。
() この点について、被告らは、引用例3には、シェルの幅内寸の距離や本件構成1に関する記載や示唆はないし、引用例3に記載された発明の課題とシェルの幅内寸の距離とは無関係であるから、添付図面からシェルの幅内寸の距離や本件構成1に関する技術思想が得られるものではないと主張する。
しかしながら、引用例3に記載された発明は、シェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより課題を解決するものであるから、引用例3の添付図面は、シェルの開幅Wよりも口幅Lが広い形状を有することを前提として作成されていることは明らかであって、引用例3には、シェルの幅内寸の距離やタイロッドの軸心間の距離に関する記載は存在するものというべきであり、引用例3に、本件構成1と同様の構成が開示されている以上、被告らの上記主張は採用できない。
() 以上によると、引用例3には、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの口幅方向の長さは100を超える構成が開示されているから、シェルの幅内寸の距離を60以上とする本件構成1が開示されているというべきである。
() 同様に、前記()によると、引用例3には、本件構成2が開示されているということができる。
(3) 引用例4及び5について
引用例4(甲3)は、グラブバケットに係る考案に関する登録実用新案公報であるところ、引用例4には、各種の作業に応じて使用するバケットを交換する際の手間の軽減及び作業効率を向上させることを解決課題とした考案が開示されているが、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見は開示されていない。
引用例5(甲14)は、グラブバケットに係る発明に関する公開特許公報であるところ、引用例5には、下部フレームに搭載した無線機のアンテナやオイルタンクの給油口に中間可動フレーム下面が接触することによる破損を防止することを解決課題とした発明が開示されているが、引用例4と同様に、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見は開示されていない。
したがって、引用例4及び5の添付図面に、本件構成1と同様の構成が図示されているとしても、これらの添付図面が、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸の距離について、設計図のような正確な縮尺で作成されたものではない可能性を否定できない以上、引用例4及び5において、本件構成1が開示されているとまでいうことはできない。」

4.まとめ
以上のように、上記の「浚渫用グラブバケット事件」では、裁判所は、引用例3の特許図面にはシェルの幅内寸の距離やタイロッドの軸心間の距離に関する記載は存在すると、原告の請求を認める一方、引用例4、5については、これを否定した。
つまり、裁判所は、引用例4、5については、従来の「引張装置事件」或いは「ゴルフクラブ用ヘッド事件」と同様に「特許図面は模式図であり、設計図面のような正確な寸法、割合、角度で描かれているとは限らない。」との立場から、特許図面の技術的事項の記載を否定した。
一方で、引用例3については、当該引用例3に記載の発明がシェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより課題を解決するものであることに鑑み、引用例3の添付図面は、シェルの開幅Wよりも口幅Lが広い形状を有することを前提として作成されていることは明らかであるとして、引用例3にはシェルの幅内寸の距離やタイロッドの軸心間の距離に関する記載は存在すると判断した。

以上より、無効審判請求人の立場としては、原則としては、従来の裁判例の解釈に従い、特許図面のみに記載されているような技術的事項については、特許図面に頼っても全く勝ち目がないこと考えるべきある。
そのうえで、特許性否定の根拠とする引用例に係る発明が、引用例3のごとく「寸法」や「割合」や「角度」といった事項に関する発明であるというような特別な事情がある場合には、「特許図面には技術的事項が記載されている」と主張することも可能であると考える。

パテント2008 8月号 高瀬彌平氏「判決で学ぶ進歩性判断の定石(その9)」参酌
 
以上
(弁理士 森本聡)

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