2013年5月17日金曜日

特許権侵害における損害賠償請求権の消滅時効について(実務編)


基礎編では、損害賠償請求権の短期消滅時効である「知ったときから3年」の基本的な解釈について説明しました。


この実務編では、2つの裁判例に挙げて、裁判所が「知ったとき」をどのように判断してきたかを説明します。


なお、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の判例としては、昭和48年11月16日の最高裁判決があります。そこでは、加害者を知った時とは、不法行為に基づく損害賠償請求権について短期消滅時効の特則が定められた趣旨に鑑み、「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である」と判示されています。


損害賠償請求権の時効消滅が認められた事例(H12.5.23 大阪地裁 本訴:平成7(ワ)1110信用毀損行為差止等請求事件 反訴:平成 7年 (ワ) 4251号 実用新案権侵害差止等請求事件)


本訴では、被告(乙(実用新案権者))による「原告(甲)のイ号物権の販売行為は被告(乙)の実用新案権、意匠権を侵害する」旨を告知・流布する行為が、原告(甲)の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知,流布に当たるとして、原告(甲)は被告(乙)に対し、それらの行為の差止め及び損害賠償を請求しました。


これに対する反訴では、反訴被告(本訴原告(甲))のイ号物件等の製造、販売等の行為が,反訴原告(本訴被告(乙))の実用新案権(及びその仮保護の権利)及び意匠権を侵害するとして、反訴原告(乙)が反訴被告(甲)に対し、イ号物件等の製造販売の差止め、損害賠償請求、不当利得返還請求等の請求をしました。


この裁判では、本訴原告(甲)に対する本訴被告(乙)の損害賠償請求権の時効消滅が争点の一つとなりました。つまり、裁判では、原告甲によるイ号物件の販売行為は、乙の実用新案権等の侵害行為に該当すると判断しました。そのうえで、裁判所は、被告乙の原告甲に対する損害賠償請求権の時効について以下のように判断しました。

甲6によれば、被告は、昭和六一年九月一〇日差出しの内容証明郵便にて、原告に対し、原告の販売に係る「マジックヒンジ」が、本件第一考案の技術的範囲に属する旨の警告をしたことが認められ、甲7によれば、被告は、平成元年三月二七日付けの書面にて、取引関係者に対し、最近、本件第一実用新案権に抵触する製品が多数出現している旨を通知したことが認められ、乙16及び17によれば、被告は昭和六〇年ないし六三年ころには、原告の製品カタログを入手していたことが認められ、甲5によれば、被告は、平成六年一一月ころ、ホームリビング紙に対し、被告の開き戸装置用蝶番に類似する商品が同社の実用新案権を侵害し不正競争防止法にも違反するので法的処置を考えている旨語っていたことが認められ、これに前記反訴状において各原告製品の販売開始時期をかなり特定して記載していることを併せ考えると、被告は、他社の製品動向に注意を払っており、したがって原告のイ号物件等の製造、販売についても、各行為がなされた当時から認識していたと推認するのが相当であり、そうである以上、それによって自らに損害が発生していることを認識していたものというべきである。

したがって、反訴提起日から三年を遡った平成四年四月二六日以前の原告のイ号物件等の製造、販売による損害賠償請求権については、反訴提起時点において消滅時効が完成していたと認められる。

この点について被告は、本件のような場合には、相手方の生産、販売状況を訴訟提起の時点で正確に把握できないから、訴訟の過程で相手方から開示を受ける等してそれを知ったときから時効の進行が開始すると解すべき旨主張するが、不法行為の時効が進行するには必ずしも損害の全範囲又は損害額の全部を知ることは必要でなく、被害者が不法行為の存在とそれに基づく損害の発生を知ったことで足りることは前記のとおりであるし、損害賠償の対象はあくまで権利者側の逸失利益であって、侵害者の生産、販売の状況は権利者側の立証を容易にするための推定規定を利用する上で必要となる事実にすぎないから、提訴時において権利者に対し、権利者なりに認識した損害額の請求を求めることは特段不合理とはいえない。

以上のように、この裁判例では、警告書を送ったときを「損害を知ったとき」とは判断しておらず、
①「警告したこと」
②「取引関係者に通知したこと」
③「原告カタログを入手したこと」
④「ホームリビング紙に対して法的処置を考えている旨を語っていたこと」
⑤「反訴状で各原告製品の販売開始時期をかなり特定して記載していること」などの認定事実に基づいて、注意深く、本訴被告(乙)が「他社の製品動向の注意を払っている」と認定しました。
そして、この認定に基づいて、反訴提起時点から3年以上前の本訴原告(甲)の行為に対する損害賠償請求権については消滅時効が完成している、と判断しました。


損害賠償請求権の時効消滅が認められなかった事例(H13.12.21 東京地裁 平成12(ワ)6714 特許権 損害賠償請求事件、不当利得返還請求事件)

本裁判例は、原告が被告に対し、被告製品を製造、販売した被告の行為が原告の有していた特許権を侵害したとして、不法行為に基づく損害賠償及び不当利得に基づく返還請求を求めた事案です。

この事案でも、被告に対する原告の損害賠償請求権の時効消滅が争点の一つとなりました。そして、この事案では、先の裁判例とは逆に、裁判所は損賠賠償請求権の消滅時効は進行しないと判断しました。

平成7年11月20日以降平成12年2月24日に至るまで原,被告間で、被告の製造、販売する製品(上記「石川島播磨技報」「油空圧化設計」「油圧と空気圧」記載の構造の設備を念頭に置かれた。)が本件特許権を侵害するか否かについての技術論争がされた。その過程で、被告は、一貫して、・・・本件発明の技術的範囲に含まれないと主張していた。また、・・・実際は段差寸法だけ移動している旨主張していた。

キ 平成9年3月17日、日本スタディツアー講演会が開催され、被告は「最近の圧延技術」について講演を行った。原告は、その際に、「RECENT HOT STRIP MILLS」と題する書面、製品カタログ「IHI AJC Downcoiler」及び「REFERENCE LIST」と題する納入リストを入手した。同書面中には、被告の製品のラッパーロールが板厚を超えてジャンピングして段差部を通過すること、本件特許出願公告後における同構造の製品26台(別紙4「製造販売目録」No.15ないし40)を含む昭和56年ないし平成12年までの製造販売実績(全42台)が記載されていた(甲4)。

ク 平成12年2月15日、原告から被告に対して、本件に関して和解の提案が持ち掛けられたが、同月24日、被告はこれを拒絶した。

原告は、被告に対し、平成12年3月10日付け内容証明郵便で、特許権侵害に基づく損害賠償請求をした。被告は、原告に対し、同月28日付けで、被告の製品は、本件特許権を侵害しない旨の回答をした。次いで、原告は、平成12年4月3日、本件訴訟を提起した。

(3) 上記認定した事実を基礎として判断する。

原告が、被告の本件特許権侵害行為(すなわち、被告が、本件特許出願公告の日以後に、別紙4「製造販売目録」記載のNO.15ないし40記載の各被告製品を販売した行為)について、損害賠償請求権を行使することが事実上可能な程度及び状況の下に,損害及び加害者を知ったといえるのは、平成9年3月17日であると解するのが相当である。

その理由は,以下のとおりである。

ア 確かに、本件特許の出願公告前における被告製品の販売行為については、昭和57年11月27日に原告が入手した同年9月被告発行の「石川島播磨技報」に、被告の製品におけるラッパロールのジャンプ量がストリップ段差部を超えているとの記載があること、及び原告が昭和58年2月に入手した被告発行の「油空圧化設計」昭和58年3月号に、同設備が・・・7基(同目録記載のNo.1ないし7のとおり)稼働しているとの記載があることから、原告は昭和58年2月ころ、これらの製品が販売された事実を知ったということができる

しかし、本件特許の出願公告日以降における被告製品の販売行為については、平成9年3月17日に、原告が被告製品の構造及び販売実績(全42台)の詳細を記載した被告作成に係る「REFERENCE LIST」と題する納入リストを入手するまでは、全く知る機会がなかったといって差し支えない。

被告製品は、その性質上、販売先の工場内でのみ使用され、通常、契約当事者以外の第三者は、販売の有無及び販売の対象となった製品の構造の詳細を知ることはできない。平成5年7月の「油圧と空気圧」24巻4号には、25台のAJCコイラを製作した旨の記載があるが、この記載から、原告が、被告の具体的な販売行為及びそれによる損害の発生を把握することは困難といえる。

平成7年11月20日ころから、原、被告間で、本件特許権侵害の有無に関して交渉が行われたが、原告は、被告の具体的な販売内容や被告製品の構造の詳細を把握していたわけではなく、むしろ、本件特許出願公告前に入手した文献に基づいて、特許権侵害に関する自己の意見を述べていたこと、これらの交渉に際して、被告は一貫して、被告の製品は,案内片が段付部の段差寸法程度の距離しか移動しない点で本件発明の技術的範囲に属しないと主張していたこと等の事実経緯によれば、裁判前の交渉が行われていたからといって、原告が被告製品の構造を知っていたということはできない。

以上のとおりであるから、原告は、別紙4「製造販売目録」のNo.15ないし40記載の被告製品の販売について、これを知った平成9年3月17日より3年を経過する前の平成12年3月10日付けで、被告に対し裁判外の請求をなし、さらに,その日から6か月を経過する前の同年4月3日に本件訴訟を提起したのであるから、消滅時効は完成していない。

以上のように、裁判所は、被疑侵害製品が入手困難であり内部構造の把握が困難である場合には、消滅時効は進行しないと判断しました。


まとめ

以上の2つの裁判例からもわかるように、消滅時効が進行するか否かというのはケースバイケースであり、単純に「警告書を送ったから、損害の事実と加害者(侵害者)を知った。」ということにはならないということです。


以上です。
(弁理士 森本聡)


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■ 特許権侵害における損害賠償請求権の消滅時効について(基礎編) 



参照:中村彰吾「知的財産渉外業務で留意すべき権利消滅時効について」
    パテント2003 Vol.56 No.5

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